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研究発表B-1

韓国における平生学習事業「成人文解(識字)教育支援事業」の取り組み
―女性高齢者の文解(識字)教育に着目して―

金明姫(創価大学文学研究科・教育学専攻)

はじめに

2014年「成人文解(識字)調査」によると、18歳以上の成人の全体非識字率は28.6%であった。読み・書き・計算が全く不可能な「完全非識字者」が6.4%(約264万人)であり、そのうち70歳から79歳までは37.8%、80歳以上の63%であった。韓国においては、生涯学習の重要性が高まるにつれ、成人の学びに対する関心も高まるようになってきた。趣味・教養教育をはじめ、就業やキャリアアップに関わる教育、そしてより高度かつ専門的な知識を獲得するための高等教育など、成人の教育への要求は日々高まり、多様化している。しかし、以上の様々な学びに関わるにあたって必要となる識字能力や基礎教育が欠けている成人が依然として多いのである。

特に、65歳以上の高齢者はかつて日本帝国主義と朝鮮戦争によって、学校教育の機会、とりわけ母語へのリテラシーそのものを奪われ、多くの高齢者が十分な教育を受けられず、小学校以下の教育に留まっている。なかでも、女性高齢者は、家父長的な儒教文化に起因した社会雰囲気と家族観によって最も教育を得られなかった教育疎外階層である。

こうした韓国における教育の格差は、所得格差はもとより、老後の生活の質をも決定していく主因となっており、生涯学習はこうした状況から高齢者自らがより良い老後の生計を営み、より質の高い生活を享受していくうえで最も重要な役割を担っているわけである。

以上を念頭に置きながら、韓国における平生学習(生涯学習)事業「成人文解(識字)教育支援事業」を、高齢者の基礎学歴の強化に重点を置いた教育疎外階層救済の一環として把握し、とりわけ女性高齢者の識字教育に着目してその取り組みと問題点を検討する。

1.「成人文解(識字)教育支援事業の取り組み

「成人文解(識字)教育支援事業」は、国民基礎能力の向上と社会統合のため、非識字、低学歴の成人に第2の教育機会を提供する事業である。低学歴の成人学習者が教育課程を履修し小・中学校の学歴を取得できる「成人学習者の学歴認定体制」を構築しており、2006年から現在まで毎年約20億ウォンを支援してきた。

この事業は、「平生教育法」第2条3項の「『文字解得教育』とは、日常生活の営為に必要な基礎能力が不足しており、家庭・社会及び職業生活において不便さを感じる者を対象に対して文字解得能力を持てるように組織化された教育プログラムをいう」と定義し、平生教育の一領域として「成人基礎・文解教育」が規定されており、第39条・第40条には文解(識字)教育に対する国及び地方自治体の任務が定められている。

この事業に参加した学習者は2006年の14,668人から、2015年まで225,664人へと増加しており、実施地方自治体は2006年の61地域から2015年の146地域まで拡大した。

2016年には、国政課題の一つである「100歳時代国家平生学習体制構築」の推進にあたって、低学歴・非識字成人の基礎生活能力の向上を図る「2016年成人文解(識字)教育活性化計画」が発表された。ここでは、識字教育が最も必要である農漁村地域などの教育疎外地域における識字教育支援の強化、識字教育の受恵者を拡大するための教育環境の改善、識字教育の教員やボランティアの専門性と質の向上などを主な内容としている。

2.女性高齢者のための文解(識字)教育支援事業の問題点

2013年の「成人文解(識字)教育」に参加した全体参加者のうち、60代以上の高齢者の参加率は72%であり、とりわけ60代以上の女性高齢者は全体参加者の70%であった。すなわち、「成人文解(識字)教育)支援事業」の主な対象は女性高齢者である。にもかかわらず、「成人文解(識字)教育支援事業」においては、高齢学習者に関するきめ細かな政策的関心がなく、単に既存の識字教育関連機関や団体の支援に留まっている。

少子高齢化が加速化するにつれ、これまで十分な教育を受けてこなかった女性高齢人口の増加、高齢者世代間の教育の格差は、高齢者自らの老後の生計の問題を含め、韓国において深刻な社会問題になる可能性を示唆している。

今後、女性高齢者のライフ・ステージに親和的な識字教育の模索が必要である。

キーワード:韓国、女性高齢者、識字教育