新学習指導要領では、言語活動の充実が改訂の要点として挙げられている。話す・書くなどの言語活動をより豊かにしていくためには、表現をするまでの過程―内的な言語活動が重要であると考える。
本研究では、そうした内的な過程に焦点を当て、どうしたら子どもがじっくり思考し、自分の考えを深めることができるかを探っていく。その手段を明らかにすることを目的として、筆者が実習で行った道徳の授業を取り上げ、思考の深まりについて分析を行う。
ロシアの心理学者ヴィゴツキーは、外に現れ他者と対話をする際の言葉を「外言」、脳内での対自的思考行為の言葉を「内言」と定義している。この内言が高まってこそ、考えを豊かな外言として表現することができる。
また、秋保(1963)は内言を「思想を産出するための、弁証法的な対話の場」と述べている。内言が豊富になるということは、自己内対話が重ねられているということである。子どもが自己内対話を深め、自分だけの考えを産出していくための手段として、内言を「書くこと」、そして他者と交流することが有効ではないかと考える。
筆者は実習研究で、第5学年の二クラスで道徳の授業を行った。教職大学院の学生が創作した「ぼくのヒーローまさお」というモラルジレンマの教材を用いた。教材と出会った直後に、また仲間と交流を重ねた後に考えを書くことができるワークシートを用意し、書く時間をじっくり与えた。答えが決まっていない切実な問題を前に、児童の中では様々な内言が生まれる。それを書いて外言化し交流することで、自分の考えを省察し、さらに豊かな外言が生まれると仮説を立てた。
○日時 平成24年6月
○対象 実習校の第5学年児童(71名)
○分析方法
①χ2検定によるワークシートの量的分析
②抽出児の記述内容の質的分析
③授業の逐語記録と映像記録の質的分析
アメリカの心理学者・コールバーグの提唱した道徳性発達理論の6つの段階を指標として、授業の「初め」と「終わり」のワークシートの記述内容を段階別に分類し、χ2検定を行う。結果に有意差が生まれ、児童の考えに変容が見られたと判断された場合には、具体的にどのように内言を外言化し、考えが変容しているか、数人の児童の記述を抽出し分析する。その際、段階的な変容が見られなくとも、児童が自分の考えをより深めて自信を持って書くことができている場合も考えられるため、そういった児童の記述も分析する。
また、授業の逐語と映像の記録を分析し、どのような教師の問い掛けや関わり、また児童同士の交流が有効であったかを検討する。
結果に有意差がみられない場合も、②と③の分析は行う。そして児童の考えを深めていくためにはどのような「書くこと」の工夫や、教師や子ども同士の関わりが望ましいのかを検討する。本発表では、これらの結果と考察について報告する。
子どもが内言を豊かにし、じっくりと考えていくためには、自分の内言を可視化して考えを整理、推敲する「書く」という行為、そして仲間との交流や教師の関わりが有効である。本研究で得た知見を、自身の今後の教員生活に生かしていきたい。
キーワード:思考、内言、書くこと、交流
≪参考文献≫
・柴田義松 2006ヴィゴツキー入門 寺子屋新書
・秋保光吉 1963忘れられた問題―内言― 教育科学 国語教育 明治図書