師範学校を中心とした戦前の日本における教師教育が、結果的に戦争に加担したとの反省から、戦後は、大学の学部における教員養成と免許状にもとづく開放制によって、教師教育を行うようになった。修士レベルを基本とする教員養成制度が世界的な潮流となりつつある現在、日本でも教員養成を学部レベルから修士レベルへと移行しようとする動きが起こっている。そして既に日本でも、このような動きに先立ち、教員の実践力を重視する専門職大学院として、教職大学院が平成20年度より開設された。しかし、これまでの学問性を重視した大学院とは違うものとして教職大学院は開設されたが、戦前の教師教育の戦争責任に対しても、十分に応える理念が示されているとは思えない。
本学の創立者である池田大作名誉博士は、「現代文明への反省から、求められているのは、人間性への根底的な問いかけから出発した、全く新しい学問体系である」とし、これを志向する大学の根本理念として、「人間教育の最高学府たれ」、「新しき大文化建設の揺籃たれ」、「人類の平和を守るフォートレス(要塞)たれ」の三つのモットーを掲げ、本学の建学の精神となっている。更に池田名誉博士は、本教職大学院の指針として、「子どもの幸福を目指す慈愛の教育者たれ!」、「生命の尊厳を護り抜く正義の教育者たれ!」、「平和の世界を創造しゆく英知の教育者たれ!」との指針も示されている。
本教職大学院では、以上の創価大学の人間教育の理念を根底に、以下の教員像を掲げ、その養成に努めている。①複雑化複合化しつつある課題を人間教育という全体的な総合的関連のもとに把握し、省察的に研究し、絶えざる変化に応じつつ課題解決のできる専門的・実践的力量を有する教員。②すべての人をかけがえのない尊い価値を有する存在と見る人間観に立ち、互いの相違から学び合い、共生してゆくことができる人間性と人間関係能力が豊かな教員。③国際化、情報化の進展、深刻化する環境問題などに対し地球的視野に立ち行動する意欲と資質を有し、持続可能な開発のために人類と自然の調和的共存に寄与し世界市民の育成に努める教員。
以上のような理念の下、大学院の授業として「教育課題実地研究(中華人民共和国)」では、北京市教育委員会や首都師範大学と連携し、日中両国の教育現場の授業実践交流を行い、日中の教育現場の実情を知り、そこで求められる教員像と教員養成の在り方を巡る課題を探究している。そして、地球的な規模の教育課題や世界市民の育成に努めることのできる教員の養成に挑戦している。
毎年継続的に、理論と実践の融合という観点から、交流を重ねる中で、今年度は、北京市に加え天津市の小学校も訪問することなった。両国の教育について理解を深めると共に、お互いの国の教育の今後の在り方について、大きな啓発を得ることができるよう、事前の授業では、中国の教育を中心に、その前提にある、政治・経済・文化・風俗・習慣などの事項を、歴史的な事実も含め概観し、更に、教育の現状や課題について、法律や制度を含め概観した。その上で、中国への事前調査で得た情報をもとに、①日本における良い教師の条件②日本の道徳教育・総合学習・特別支援教育の教育実践③日本の学校における算数授業についての授業研究など、日中交流の材料となる内容を絞り込み準備を進めた。そして、本実地研究の成果と課題を知る手掛かりとして、日中の教育実践の交流後に、参加した教員にアンケートをお願いした。
西洋に始まる近代科学技術により、人類は豊かな物質や情報、便利さなどを手にしたが、現在、関係喪失や自己疎外・自己肥大・無力感といった病的傾向も生じている。私たちは日中両国の教育実践の交流を通じて、教師教育に課せられた、世界市民の育成という文明史的な責任を果たしていきたい。
キーワード:日中交流、世界市民、教育実践、教師教育、文明史的責任