平成20年に公示された新学習指導要領の道徳編において新たに改訂された要点として、道徳教育の方針は「『道徳の時間を要として学校の教育活動全体を通じて行うもの』であるとし、『要』という表現を用いて道徳の時間の道徳教育における中核的な役割や性格を明確」にし、「『児童の発達の段階を考慮して』と示し、学校や学年の段階に応じ、発達的な課題に即した適切な指導を進める必要性について示」すなど、以前にも増して道徳教育の重要性と必要性とが述べられている。
では、そもそも道徳の授業ではどのような教育的営みがなされるべきなのか。道徳教育の目標や内容については学習指導要領において実に詳細に示されてはいるが、実際の教師の指導に関して言えば、参考となるような具体的な原理や方法論は提示されていないとの指摘もある。「道徳は教えない授業」、「道徳は教えるものではない」などと云われることもあるが、それでは実際の学校現場ではどのような道徳教育がなされるべきなのか。
そこで、本研究ではL.コールバーグの道徳性の発達理論とモラルジレンマを軸として文献研究を進め、授業実践などを分析することで上述した課題意識について考察していく。また、それらを通して道徳性の発達におけるモラルジレンマ授業の有効性を主張しつつも、様々な論者から寄せられた批判や課題への回答、さらにはその後のコールバーグ理論の展開についても論じていく。コールバーグ理論の見直しと現代的な意義を問い直すことで、新しい時代の道徳教育に求められているものの一端を明らかにしていきたい。
モラルジレンマとは認知発達的アプローチ(cognitive developmental approach)としてピアジェの認知発達説に基づいてアメリカのL.コールバーグにより展開されたもので、道徳性の発達段階理論(3水準6段階の道徳発達論)に基づき、道徳性の発達を認知構造の変化と捉え考案されたものである。1970年頃には欧米諸国の道徳教育にも広く取り入れられ、日本においても広く伝えられ、研究者や実践家によって多くの授業実践がなされてきた。
大きな特徴としては、①あらかじめ「正答」が決められていないオープンエンド型の授業であり、②子どもたち自身による相互のディスカッションを授業展開の中心に据えることで「教え込み」による道徳教育を極力排除することが強調されている。
モラルジレンマ授業について、日本国内でも授業実践や理論、研究に対して批判の声もある。道徳性の発達を認知的発達と同様に捉える見方への非難や、コールバーグ理論そのものについての論争も多く繰り広げられている。それらについてコールバーグやその研究者たちはどのように応えたのか、また、そこから新たに生み出された「ジャスト・コミュニティ」という理論とその実践についても触れていきたい。
コールバーグ理論に代表される「考える道徳」の有用性と、従来の「教え込む道徳」の必要性を認識した上で、両者の有益な点をどのようにして共存させていくのか―。そのためには、「価値」そのものについての捉え直しが必要になってくると考える。価値相対主義的とも言えるオープンエンド型の授業を現代の道徳教育の中にどのように位置づけていくのかが焦点の一つであると考える。
また、道徳の評価についても近年その必要性が叫ばれてきている。数値化や序列化のための評価ではなく、子どもたちの道徳性の変容を的確にとらえるためにも適切な尺度検査や見取りを積極的に取り入れていくべきであり、それが子ども自身の自己理解を助け、さらには、道徳授業のさらなる質の向上にもつながっていくと考える。
キーワード:道徳教育、モラルジレンマ、認知発達、討論(ディスカッション)